「彼は日記を記す人以外のなにものでもなく、日記のために生き、日記において日記によって生き、そして日記に何を書いたらよいのか、何ももう思いつかないということを最後には日記に書くまでに至った人であった。」(『ブリブンケンの人々』)
『クライテリアvol1』富久田朋子「家族という回線ーー赤坂真理『東京プリズン』を読む」を読む。『東京プリズン』で縺れ合う本質論(天皇、英霊)と個(家族、私)の2つの位相を解きほぐし、クライマックスで描かれる(「敗戦」という)過去の「改変=外傷的記憶の消去」の成功に疑問を呈す。 — fukudA_M (@chitomo12) 2016年11月30日